東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1728号 判決 1975年1月24日
控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 下光軍二
同 上田幸夫
同 両角吉次
被控訴人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 大谷照明
主文
本件控訴を棄却する。
被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円を支払え。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、もし被控訴人の離婚請求が認容される場合は財産分与を求めると申立て、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、左記の外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
控訴人の主張
(一) わが民法における離婚原因は、責任主義に基づいて解釈されなければならないのであるから、控訴人の責に帰すべき離婚原因が全くない本件においては、被控訴人の離婚請求は許されない。
(二) 被控訴人が他に愛人をつくり、控訴人からの同居要求に応じないで別居生活を続け、東京家庭裁判所の同居審判を無視していることの責任は重大である。本件婚姻の破綻は、むしろ被控訴人の責に帰すべきものといわなければならないから、被控訴人からの離婚請求は許されない。
(三) 以上の理由で、被控訴人の請求は棄却されるべきものであるが、もしそうでないとすれば、控訴人は現在全く生活能力をもたないので、今後の生活は被控訴人にたよらざるを得ない。一方、被控訴人は医師として多くの収入を得、豊かな生活をしているのであるから、離婚後の生活を保障する意味の財産分与として、控訴人の生活費を支払う責任がある。その額は、控訴人の平均余命年数は二十数年であるから一ヶ月の生活費を五万円としても一〇〇〇万円をこえる。したがってこれを要求する。
証拠関係 ≪省略≫
理由
≪証拠省略≫によると、被控訴人と控訴人は、昭和三五年一〇月二五日婚姻した夫婦であると認めることができる。原審において被控訴人は、右婚姻の無効確認を求め、予備的に離婚を請求していたが、原審が前者を排斥し、後者を認容したところ、これに対し、控訴人が控訴し、被控訴人は控訴も附帯控訴もしなかったのであるから、当審においては離婚請求のみについて判断することになる。
≪証拠省略≫によると、次のような事実を認めることができる。
(一) 被控訴人は昭和九年七月二二日生れで○○高校を卒業し、昭和二八年四月○○大学教養学部医学進学課程に入学、同三五年同医学部を卒業し、同三六年に医師資格試験に合格、自衛隊、東京都衛生局、○○○市市立病院に勤務した後、昭和四七年九月から現住所で内科医を開業しているものであること、
(二) 昭和二八年○○大学に入学すると同時に、○大校友会本部長をしていた乙山一郎の紹介で、控訴人方に下宿するようになったこと、
(三) 控訴人は大正五年三月一〇日生れで、○○家政女学校を卒業し、外地にとついだが、離婚帰郷し、昭和二一年アメリカ人との間に正夫を儲け、同人ととも父母方に同居していたものであること、
(四) 昭和二九年頃被控訴人と控訴人は肉体関係をもった。当時被控訴人は控訴人に対し結婚を誓ったこともあるが、控訴人が年令も一八歳以上年上であり、その上自我が強くて協調性がなく、ヒステリックなところもあると感ずるようになったことから、次第に結婚する気持は消極的になったものの、ずるずると肉体関係を続けていたこと、
(五) 昭和三〇年被控訴人の父は死亡し、その後は母、伯父、伯母および前記乙山からの仕送りや自衛隊からの給費等により勉学したこと、
(六) 昭和三五年八月控訴人の父が死亡し、その後間もなく、被控訴人は右乙山から控訴人との関係を叱責され、同年九月控訴人方を出て弟の住むアパートに身を寄せたこと、
(七) その頃被控訴人は、控訴人から責められ、婚姻届に所要事項の一部を記入して署名したことがあり、控訴人がその記載を完成させて昭和三五年一〇月二五日届出をしたこと、
(八) 被控訴人は、控訴人と昭和三五年九月からは全く同棲したことがないのは勿論、肉体関係もなく今日に至っていること、
(九) その後被控訴人は、星川月子との間に夢子を儲け、これを認知し、現在は事実上の妻である梅沢咲子との間に、すみれ(昭和四〇年一一月生)、五郎(昭和四二年六月生)を儲けて同居していること、
(十) その間控訴人は、昭和三六年に東京家庭裁判所に同居審判の申立をし、被控訴人は同居の審判を受けた。さらに控訴人の申立により、昭和三六年一二月から被控訴人が控訴人に月八〇〇〇円の婚姻費用を支払うべき旨の調停が成立しており、昭和四七年一二月分からその額は月三万円に増額の調停が成立し、その履行が続けられてきたこと、また控訴人は昭和四一年同裁判所に離婚の調停を申立て、慰藉料五〇〇万円を請求したが、その後右申立を取下げていること、
以上のとおり認めることができる。
そして、右認定の婚姻に至る事情、婚姻後の事情、とくに、被控訴人は控訴人と婚姻届出前から全く同棲したことがなく、被控訴人は現に事実上の妻および二人の子と同居していることからみると、本件婚姻はすでに破綻しており、いわゆる婚姻を継続し難い重大な事由が存在するというべきである。
控訴人は、離婚原因は有責主義により解釈されなければならないというが、民法七七〇条一項五号は、控訴人に有責行為のあることを要件とするものではない。ただその原因が、被控訴人のみの非行によって惹起されたものであるときは、被控訴人は右法条により離婚を求めることはできないと解すべきところ、控訴人は、本件はまさにそれに当るというのである。しかしながら前記認定の事実によると、本件婚姻の破綻が専ら被控訴人の行為に起因しているとみることはできないから、被控訴人の離婚請求は正当でありこれを認容した原判決は相当である。
つぎに控訴人は、離婚請求が認容されるときは財産分与を求めると申立てているので、この点について判断するに、本件婚姻に至るまでの経過、婚姻後の事情、双方の資産収入、その他一切の事情を考慮すれば、被控訴人は控訴人に対し、財産分与として金二〇〇万円を支払うのが相当である。
よって、本件控訴を棄却し、財産分与として被控訴人に金二〇〇万円の支払を命じ、控訴費用は控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安倍正三 裁判官 中島一郎 桜井敏雄)